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延喜式とは
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古代日本、唐の法制を手本にした律令時代の法体系は、唐と同じように律・令・格・式の
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構成で法整備がなされようとした。
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醍醐天皇の時代、すなはち延喜の時代は律令政治の再整備がはかられた時代でもある。
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「延喜式」は、既に存在する「弘仁式」「貞観式」を併合する目的で、延喜5年(905)
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左大臣藤原時平に対して編纂の命が下り、藤原定国、藤原有穂、平惟範、紀長谷雄、藤原菅根、
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三善清行、大蔵善行、藤原道明、大中臣安則、三統理平、惟宗善経が編纂委員に任じられ、
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編纂委員の死亡や増員ののち、延長5年(927)22年を経てようやく完成し、
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40年後の康保4年(967)年に施行された。
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「延喜式」は神祇官関係の式(巻一〜巻十)、太政官関係の式(巻十一〜巻四十)、
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諸司の式(巻四十一〜巻四十九)、雑式(巻五十)の50巻から成っていて、
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「神名式」は神祇官関係の式に含まれ(巻九〜巻十)、この「神名式」に記載された神社を
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「式内社」と称し、また「神名式」単独で「神名帳」とも言う。
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